前回のクラウドファンディングの寄付金で行われた(これから着工を含む)修復についてのご紹介

① 阿弥陀如来立像(応急修復)

阿弥陀如来像は廣岡家の仏壇にあったものです。祖父母亡き後は、伯母が仏壇を守っていました。

1995年の阪神大震災時、近所に住んでいた私が伯母のマンションへ駆けつけると、マンションは全壊状態。

お仏像は仏壇から飛び出して床に転がっていました。

まだ余震が続く中、近くに転がっていた衣装ケースにお仏像を入れて運び出しました。

今でも不思議ですが、本当にピッタリサイズの衣装ケースにタオルとシーツも入っていて、仏様が「コレで運び出せ!」と指示したに違いないと思いました。

しかし、無事に運び出したものの、お仏像は右足甲の破損で自立出来なくなりました。

仏像
右足甲の破損で自立出来なくなり、壁に貼り付けられての展示

あれから27年、2022年夏に大阪くらしの今昔館特別展「商都大坂の豪商・加島屋 あきない町家くらし」で展示して頂くことになり、調査の結果、約800年前の仏像ということが分かりました。私は約800年生き残った仏様の強運に感動しましたが、壁に縛り付けられた状態での展示になり、仏様に大変申し訳なく心が痛みました。

2022年9月10日 毎日新聞
毎日新聞掲載 2022年9月10日
阿弥陀如来立像
仏像のサイズ
仏像のサイズ

作品について

穏やかな瞼の表現にみられるように「彫り込みすぎない彫り方」をされていること、目に水晶(玉眼)を入れずに彫刻で表現(彫眼)されていること、額部分の髪の生え際が直線的に表現されていることなどから、平安時代後期の仏像の特徴を持っています。

後世に、オリジナルの上から下地層・金箔を新たに施す修理がされている可能性があり若干表現が甘くなっていると思われますが、製作当初の雰囲気をよく残しています。

台座と光背は江戸時代の製作と思われます。

当時の所蔵家の財力を背景として、荘厳のために贅を尽くして製作された様子が伺えます。

仏像の台座(正面から)
仏像の台座(横から)

〈今回の応急修復について〉

  • 乾いた筆で表面の汚れを除去
  • 右足先の部材のずれた部材をいったん取り外し、膠水溶液で所定の位置に再接着
  • 台座の柄穴に部材が残存しており、摘出したところ、後世に施されたと思われる柄の延長材であることが判明した。これを膠水溶液で所定の位置に再接着し、安定して台座に据え付けることが出来るようにする
  • 右手欠損部については、将来の文化材指定等を見据え、今回は部材を補うことをせず、現状のままとする
  • 光背の右下一条については、部材が細く、解体しない状態では再接着が困難である為、今回は現状のままとする
光背の右下一条
光背の雲模様装飾の一部が脱落
  • 光背の雲模様装飾の一部が脱落している箇所は、似寄りの針金を用いて所定の位置に取り付ける

以上の応急修復は完了し、2023年6月17日(土)の特別展示セミナーにで公開いたしました。
ご支援を有難うございました。

修復の成果及び修復後の様子

修復の成果

右足甲の破損を接着|自立出来るようになりました

修復後お披露目会の様子

② 西本願寺門主裏書の掛軸

この掛軸を初めて見た時、ボロボロでゴワゴワに丸まっていて触ったら崩壊しそうでした。「ご先祖様のものでなかったら捨てていた」と思いました。その後、今昔館の調査で約360年前の貴重なものと判りました。

 絹本著色方便法身像(保存修理)

◆ 絹本著色方便法身像(保存修理)
※前回のクラウドファンディングの寄付で修復を進めています

西本願寺門主良如裏書き「方便法身像」約360年前
西本願寺門主良如裏書き「方便法身像」約360年前

〈作品について〉

裏書きから西本願寺第十三代良如上人(1612~1662,1630~1662門主在位)からの下賜品と判明する方便法身像(阿弥陀如来像)です。

本紙(絵の部分)は、絹に岩絵具と金泥、截金を用いて描かれており、これらを絹に接着している膠の強度が低下して剥落が進行しています。

絹に描かれた絵画は、表からだけではなく裏からも絵具で彩色が施されていることが多く、表の絵具が剥落して絹だけになっている箇所は、絹の目から裏の絵具の色が透けて見えている状態です。

表絹本著色方便法身像(表側)
表絹本著色方便法身像(裏側)

濃い青色に見える部分は、銅の成分が含まれた絵具を使っているため、酸化により裏打ちの紙の変色、強度低下を進行させています。

巻き解きの繰り返しにより折れが多数発生しており、このことが原因で、絵具の剥落が今後さらに進行する恐れもあります。

絵が描かれた絹に直接裏打紙が打たれ、さらに周囲の裂(きれ)とあわせて複数回の裏打ちが施されて掛軸に仕立てられています。その際に使用される糊は「小麦澱粉糊」で、おおむね100年経つと接着力が弱まったり、逆に全体が硬くなってしなやかさが失われたりし、さまざまな損傷を引き起こす原因となるため、日本の絵画はおよそ100年ごとに定期的に解体修理(裏打ちの打ち直し、仕立て直し)が行われてきました。

この作品は、江戸時代初期に制作されたあと、江戸時代末期から明治ごろに少なくとも一度は解体修理が行われています(その時に、裏書きが再使用された痕跡があります)が、そこから起算しても優に150年以上は経過していると思われ、今後絵を維持していくためには、解体修理が必要な時期をすでに迎えているといえます。

〈今回の本格的修理について〉

  • 絵具層の状態が危険であり、絹の両面に絵具層があることから、水をたくさん使用して短期間に裏打の取替、仕立て直しを行う一般的な方法では、絵の大切な表現が損なわれてしまう可能性があります。また、裏打紙はすでに絵や掛軸全体を保持する力を失ってしまっていることから、すべての裏打紙を取り除いて新たな手漉和紙に交換する必要があります。
  • 絵の表面を保護した上で、裏面の絵具を壊すことがないよう、少しずつ裏打紙を取り除いていくため、修理には半年以上の期間を必要とします。
  • 折れなどにより、絹自体がなくなってしまっている箇所には、補修絹(放射線照射により強度を弱めた補修専用の絹)をはめ込みます。
  • 周囲に付いている裂や金具は、絵に相応しい上質のもので、前回修理のときにも元のものを修理して使ったと思われますので、今回も、損傷している箇所を修理した上で再び使用します。
  • 将来の折れの発生を少しでも遅らせるため、軸を太く巻くための「太巻添軸」を作成し、新しい桐箱に納入します。
  • 裏書きは、前回修理では表装背面に貼り戻ししていましたが、前述のように、掛軸を保持するには強度が低下しているため、取り外して別に保存(散逸を防ぐため、本紙と同じ箱に納入)します。このことにより、作品と裏書きを並べて展示することも出来るようになります。