琴屋さん以外の搬出は絶対不可宣言!

2022年7月 「豪商展」の出展準備

廣岡家には無形文化財(人間国宝)の奏者が借りにきたお琴があります。
曾祖母のお琴で、竜頭に家紋「九つ鷹羽車紋」が入っています。

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「九つ鷹羽車紋」の袱紗

この家紋は曾祖母の夏が船場の両替商の名家、加島屋長田作兵衛(おさださくべえ)家から嫁入り道具として持参したもので、長田家の母方から伝わった女紋と考えられるそうです。今昔館に寄贈したおひな様のお道具にこの家紋が付いていたことから、一部のおひな様のお道具が曾祖母・夏のものと判明しました。

祖母からは、「昔、加島屋長田作兵衛家と加島屋久右衛門家は仲が悪かったので、仲直りのために夏が久右衛門正秋に嫁いできた。」と聞きました。

大正13年の廣岡家本邸の「執事の日誌」によれば、
曾祖母の夏はよくこのお琴を弾いていたようです。
「ご後室様、弾琴遊ばす。」との表現がよく出てきます。

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執事の日誌

曾祖母・夏のお琴はべっこう細工や螺鈿で装飾されてて、
母も「こんな豪華なお琴は見たことがない!」と言っていました。

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曾祖母・夏のお琴
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曾祖母・夏のお琴
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曾祖母・夏のお琴


曾祖母・夏のお琴以外にも、祖母・郁のお琴も現存しています。
祖母・郁のお琴は太助琴です。太助琴は江戸時代末から数代続く箏作りの名工太助(大阪)の作品と言われてます。中の杉板の反響版?にうねうねとした筋の掘り込みがあり、それにより反響がよいそうです。
現在では機械彫りで簡単にできるらしいですが、当時は機械彫りがなかったので、「廣岡家には関西一のお琴があるらしい」とうわさされたとか~

と言うことで、
母は今昔館に出展するまで、祖母の太助琴を愛用していました。
曾祖母・夏のお琴はほとんど使ってなかったようなので、
楽器としては祖母・郁のお琴の方が優れていたのではないかと思います。

母は人間国宝の菊原 初子先生の直弟子で、お琴のプロです。
  菊原 初子(きくはら はつこ、本名:布原初、
  1899年(明治32年)1月17日 – 2001年(平成13年)9月12日)
  地歌箏曲演奏家。野川流三弦古生田流菊原家4代目。人間国宝

そのお琴も展示することになり、母は祖母のお琴を愛用していたので嫌がるのではないかと思いましたが、「お琴は他にもあるから構わない。」と快諾。実際、他にもお稽古用のお琴が2~3面ありましたので、掛け軸「各藩米券集」の時のようなバトルもなく搬出できるかと思ってましたが、
「搬出はいつもの琴屋さんでないとダメ!」とのこと。
出展にあたり保険が掛けられるので、美術専門の運送業者さんに依頼する必要があるのですが、そこが理解してもらえない。

あれこれ説得したにも関わらず、頑として「いつもの琴屋さんでないとダメ!」の一点張り。増井館長に「申し訳ございませんが、お琴の出展はもう諦めました。」とご連絡したこともありましたが、最後の最後に、母宅から私の家までは琴屋さん、私の家から美術専門業者さんの搬出でOKとなり、出展することができました。今思い出しても、このバトルはしんどかった。。。

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大阪暮らしの今昔館にて展示:左が祖母・郁の琴、右が曾祖母・夏の琴

文化財修復活動の動画

100年先プロジェクト(45秒)
阿弥陀如来像(平安末)(70秒)
西本願寺門主裏書き「方便法身像」(江戸時代)(58秒)

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